歯を見せるんじゃあないっ!


  歯医者の口からこう言ってしまうのもナンだが、我々はまっとうであろうとしたならば、人様の前でそうおいそれと歯を見せてはならぬ。日本人が、少々どころか、だいぶんだらしな気になって来た今日この頃であるからこそ、我々はひと昔前のキチンとしていた祖父母のごとくにつつましやかに、伏し目勝ちに、思慮深く、控えめでありたい。と、まあ、日本人であるならば、というのは半分他愛ない冗談としてだが・・・。


  わたくしの専門とする小児歯科や矯正歯科の世界では、いま、こどものポカンぐちとの戦いが熾烈だ。アレルギー性の鼻炎とか、フラフラしている姿勢とか、原因や理由は様々なのであるが、とにかく最近口をあけっぱなしで歯を見せているこども・・・どころかおとなまでもが多い。


  歯科の世界では、上下の歯列は口腔周辺の好ましい筋肉のバランスのうちに正しく並ぶと言われて久しい。いま述べた筋肉の好ましいバランスを作り上げることには何が関与しているかというと、独断的にはっきり言い切ってしまえば、キチンとした子供の時からのしつけ、つまり正しい食事作法とか礼儀作法そしてまっとうな生活習慣とか、まさにそれしかないのである。それを、かなり生態機能を悪化させてからや、形態に変形を来してから後、歯科医が矯正治療を施したり機能訓練に精を出したところでそれには限界があると思わねばなるまい。


  この口腔という咀嚼器官は、外側からは咬筋頬筋口輪筋などが、内側からはそれ自体筋肉のかたまりである舌があり、またそれを下から支えるかたちで口腔底をなす顎舌骨筋などがある。たとえば、みなさまも、ちょっとポカンと口を開けてごらんになるとお分かりのごとく、筋肉のかたまりとしての舌は口の中で後ろと下へと力なく垂れ下がる。結果として気道をせばめイビキをひきおこし呼吸器に負担を掛ける。そして舌骨という顎の付け根の骨は支持を失い引き下げられ、結果としてアゴのくびれはなくなり丸く大きめの顔になる。また常時介在する舌は下顎歯列を過成長させ、同時に舌の圧力を失った上顎歯列は頬筋の力を受け劣成長を来す。こうやって顔は変形するのだ。


  このように口腔周辺の筋肉は歯列を支える形で常時圧力を加えている。そしてそれが合目的的に呼吸や嚥下するに都合のよい形を整えている。この絶妙なるバランスのもと上下歯列は正常な形態を獲得し、そのおかげをもってして正常な機能をも発揮できる。これは歯科での、この歯列のことだけでなく、本当は当然、人体は全身これ絶妙なるバランスの上に立つといえる。そしてこの統合の美は、つまり神の領分なのである。


  今、我々鎌倉市民は、ここ武家の古都鎌倉にちなんで、少々サムライの、質素で我慢強く恥を厭うその気概に思いをいたそう。そして、むしろ物質的には貧しいことをもってほこりとし、遊びや飲み食いになんか金をかけずに、おかねはもっぱら教育と医療に(特に当院へ)かけ、くちびるをキッとむすんで輝ける明日を目指していこう!そう、「歯をみせるんじゃあないっ!」のだ。・・・まあ重ねて言うが、半分は冗談ではあるけれど・・・。


  ‹戻る›