奥歯の細道


  月日は百代(はくたい)の過客(かかく)にして、行きかふ年もまた患者なり。日々の通院をならいとし、治療椅子に舟のごとくに身をうかべ、はや三度の食事が楽しかりしき奥歯もいまや夢なりき。古人も多く奥歯に悩み、そして死せるもあり、実に漂泊の身ぞ。余もいずれの頃よりか、奥歯をば失い昔日の強き歯へのあくがれ思いやまず・・・と。なんて戯れ文は日本文学史上のどこにもないのであるが、過日の暁にとんでもない夢にて、ひとり口腔奥への旅の途上にあったのだ・・・。


  目をさましてのちハタと思いついたのは、歯の健康とは手遅れにならぬうちに自ら勝ち取るものであると。それの失敗とはその後の人生に非常に索漠たる荒涼たる人生観をもたらすであろうという一点、それにつきる。


  豊かなる余生を楽しむべく、栄養学的に食餌というか食事内容をどんなに気を配ったところで、食べる行為そのものが苦痛に満ちたものであるのなら「豊か」という言葉は空しかろう。過去において健康上また生き甲斐上、過小評価されることの多かった「歯」、それの大切さに気づいてほしい。とくに食べることに一番重要な奥歯、これは一見頑丈そうに見えながら、その実まっ先に歯周病でグラグラと抜けてゆく。あたかもハサミの刃こぼれが、刃の切っ先からではなく根元のほうからであることに似ている。人生のクオリティーを高めるためにも、口腔という総合咀嚼器官の中の王様「奥歯」、これの大切さを認識すべきと思う。


  最近感じるのであるが、むかしよりも歯周病で困っておられる患者さんが多いようだ。それはそうだ、8020運動などを通し、なんとか歯を残そうという気運が高まっているからだ。簡単に歯が抜かれていたのであるならば歯周病にもなり得ない。いわば歯周病とは歯の「ねたきり」のようなものであろう。


  そうさせないためにも、御自分でのメンテナンスと医療者側からのプロフェッショナル・メンテナンスの両方は欠かせない。ぜひ歯科医院に足を運んで下さい。


  むかしから、歯・目・○○とか歯・○○・目とか言われている。とにかく老化の最初は歯に来る。老化を、歯にも来させぬ気概を持とう。立てッ!いまだ若き(?)団塊市民ヨ!歯周病完治の日は近し!;


  ○○についての弁明・・・・

  1:今回の拙文は市民のうちの団塊世代に向けたものである。ねらいは、その方達を含めた年輩の方に特に、御興味を惹起したいのである。

  2:当然として、編集委員の方々はお分かりのごとくに○○は仏教用語ではある。ここ古都鎌倉が、真に文化都市で仏教的教養に富んだ市民が本当に大勢いらっしゃるのであるならば、この言辞を避けねばならぬ理由は見当たらぬ。

  3:むかしから、健全な市民生活に対して不穏当と思われる言辞には、○○が市民権とまでは言わぬが存在し(まあこちらが、そういうのばかりが目につく子供ではあったわけではあるが・・・それはさておき)、この伏せ字に対して、妄想というか想像力をたくましゅうして、日本人は教養(?)を磨いた。

  この衛生時報紙の記事を、いつも、中学生レベルにて執筆せよと言われるわけではあるが、であるならば、14、5才にもなった中学生に対して、むかしのごとくに一切の過剰な子供あつかいは不要と考える。

  4:是非、○○での掲載御許可を、切にお願いいたします。


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