鎌倉だより

  ■雑誌「小児歯科臨床」連載「鎌倉だより」に掲載された当院院長による文章のうちのいくつかを転載いたします。


江ノ電

■「ラブ・スモーク」

  それはゆうに中型の仏壇の大きさがある。そんなパイプ・キャビネットを持っている。中にはお位牌ならぬスモーキングパイプが二段にわたって「安置」されている。なにを隠そう、もう今から三十年ほど前まで、つまり四十にはまだまだ手が届かぬ頃まで、わたくしは優雅なる喫煙貴族であったのだ。

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■「続・ラブ・スモーク」

  父はこどものわたくしを連れてよく東京に出た。そんなあるとき、数寄屋橋あたりだったか道端に本を並べて売っていた男から英和の辞書を買った。父はしばらく手に取り、ためつすがめつしていたが、新品のようではあるものの出版元もよく分からぬような、さしあったって使うようなこともないそのポケット版を買い求めた。

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■「愛しの最大豊隆部」

  わたくしは最大豊隆部をほとんど愛していると言っていい。諸君は学生のとき習わなかったであろうか、クラスプサベヤーにて確認した上で、可及的に最大豊隆部のやや下をなぞる形に鋳造鈎の概形を描けとか。

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■「ハラペコ少年M」

  ときおり追憶が波のように押し寄せ心を浸す。そこでは両親が生きていて、幼いわたくしがいる。それを映画を見ているかのようにはたから眺める。次に、かすかな最初の記憶を呼び起こす・・・・・道端に目をやると乾いた土の両側には半分踏みしだかれたペンペン草が生い茂っている。

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朝日

■「食物連鎖の頂上で考える」

  何年も前のテレビでだったか、新聞でだったか、都内二十三区内から外科の個人診療所が激減して今や数軒になってしまったと言っていた。経営が成り立たなくなってしまったからであると。疾病構造の変化によるところからだと。

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■「運動?ありゃ健康に悪いネ!ついでにプール紳士録」

  多くても週一くらいか、プールに行っている。一応泳ぎに、備え付けの新聞読みにではなく。運動というものが、自分で言うのはナンだが、わりかし上手なわりに好きではない。ここでわたくしがスポーツを得手だというと首をかしげる向きもおられようから、過去における華々しくも輝けるエピソードのいくつかをまずはご披露して諸君のご批判のあるいは喝采の声を仰ごう。

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■「人生最大の危機」

  母はわたくしのランドセルを引っ掴み、「それならば、もういいです!」と一声。そして突如として物陰に行ったかとおもうと、中の教科書を破りだした。その、こちらの意表を突いた母の行動、教科書の丈夫な紙が破れるときの大きな音。ああ、わたくしはもう学校には二度と行かれなくなってしまったのだという儼然たる事実。

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■「コスモス、肉体、あのストリッパー」

  今回の表題に、あらぬ期待を抱いてはいけない。そういう話ではないのだ・・・・・  以前、新聞のコラムでむかしの古川緑波の川柳に触れたくだりがあって思わず笑いを誘った。「コスモスと電話をかける女かな」。当然のこと川柳であるので季語などいらない。あるとき電話を掛けている女の声がロッパの耳にそう飛び込んできたのだ。

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