時折、小さなこどもにも矯正治療をするのですか、ときかれます。そして、早期に始めると全部うまくいくのですか、とも重ねてきかれます。答えはノーでありイエスです。すべての事物には表裏二面があり、いつの場合も今回はどちらをとるべきか、といった判断の問題が人生の背後には常にある、と分かった上でおはなししてみましょう。
近年、歯科矯正は以前よりこどもから診るようになりました。不正が歯列というより、顎顔面の骨格的である場合、成長の余力が充分に残っている時期、つまり成長期であるほうが、正しいと思われる成長パターンのレールに戻しやすいと考えられるからです。しかしそれと同時に、口悪く言えば、他院に渡さず早く患者として取り込んでしまうほうが医院運営の面では有利であるということもあるでしょう。反対に患児自身の性格を考慮し、もう少々時期を待つという立場も考えられます。そしてそのうえ、相談したかかりつけの歯科医からは、それなりのオーソドックスな考えで、もうちょっと大きくなるまで様子を見ていましょうと言われるかもしれません。保護者としては迷うところです。さて、では、どうしたらよいのでしょうか。今回はわたくしの意見です。以下に箇条書き的に整理して述べてみました。
先に触れましたが、1.顎顔面の骨格に問題があり、その原因が口腔周囲の筋肉の働き、特に舌や口輪筋の動きのアンバランス及び無気力、さらにはこの機能の異常が何年もかけて骨格や歯並びに及ぼした形態の不正。2.歯列不正の程度がちょっとした小さな場合。3.歯に較べ顎が小さい場合(不一致、ディスクレパンシーと言います)。
以上の三つのような場合には、特に早期からの治療の開始が望まれます。理由としては1.の場合に対しては、原因となる悪習癖の一刻も早い除去。2.には、その小さな不正を除き、ただちに正常と思われる成長のレールに戻すという意味で。3.の劣成長を促したり、過成長を抑制したりは成長期でないと不可能です。ここにおける狭すぎる顎の骨の拡大も、成長の量のたくさん残っているであろう小さなこども時代における治療がおおいに有利であることは言を俟ちません。
ではなぜ過去において、早期治療の必要性が声を大にして叫ばれなかったのかと。これにも色々な意見が考えられます。まず、1.早期治療後の成長の予測がつきにくいこと。2.該当する患児が、この時期に主に使用する着脱式の矯正装置を、使用してくれないことでの失敗がままあること。3.最後には、口腔の形態異常の重大性に対する認識が、ここに至っていまだ患児本人は言うに及ばず保護者にもなく、それに対し医療者側が疾病を指摘しなおかつ自由診療料金をつけることの困難性・・・と、色々考えられます。であるならば、誰が見ても分かる、はっきりした不正状態になって、はじめて手を着けた方が色々なトラブルが少ない面もあるからでしょう。
以上のことから、お子さまのお口に何か形態に関する問題を見つけられましたら、相談だけは早いに越したことはありません。しかし水を差すようですが、まだまだ治療法も完全には確立していないのも事実です。ですから、セカンド・オピニオンでも、ドクター・ショッピングでも何でもありでやむを得ないのです。そして、患児に対する治療期間はいずれにせよ長期に及ぶ可能性があります。信頼のおける矯正医か小児歯科医、さらには専門医の資格を持った小児歯科医か大学病院に御相談下さい。問題は歯列とか矯正のことだけではなく、小はムシ歯予防からはじまり、大きくは治療に対する技量にとどまらぬ心身の成長に対する長期的視野が必要になってくるからです。