表題のごとくの失礼なことを言われぬためには、今流行のアンチエイジングに励むしかないのであるが・・・。歯には他の臓器とまったく異なる特異的な問題が存在するので、皆様すでに御存じのことを、他の切り口から述べるのもあながち無駄ではないと思う。
まだまだ分野によっては不十分な再生医学の現実を前にすると、やや古典的かもしれぬが、「全身の臓器の中で、歯だけが自然治癒能力を有していない」ことは、いぜんとして真である。そして、このことは誰でもがなんとなく理解している。つまり、ある人の人生の今日までの「来し方」が如実に口の中に現われている、というわけだ。その中には御先祖様からの遺伝的体質傾向、家系としての子供の時からの食餌内容、また時代相としての食の文化誌的側面。経済的環境、そしてその人個人の気質、運命、それらを取り巻く地域社会と口腔保健に対する価値観の変遷。そんなこんな、内因外因のハテに結果としての、現在のアナタの歯の状況があるのだ。
学生時代、法医学の試験問題に、死体の歯牙状況が示され、さて性別、年令を推定せよ、というのがあった。歯列弓及び歯牙の寸法、咬耗状態、残存歯牙の部位や処置内容、治療中断の様子などが示されていた。これを、なぜそうであるのかを説明しつつ推定するのだ。これなども、あるひとりの、すでに終わってしまった人生を口の中から覗く気がして面白い。
面白いといえば、昔の馬喰(馬の売買がメシのタネだから馬喰だ。何と日本語とは語感がディープか。ちなみに女を売り飛ばして食っているヤツは女衒だ。衒には売るという意味もある。これも軽薄なりに奥ゆかしい。スケコマシなどよりそこはかとない衒学的色気も感じられよう。キョウ日の不良共よどうした。で、歯の話であった・・・)は売買相手に騙されぬよう、嫌がる馬の口をムリヤリこじ開け歯の咬耗を見て、物言わぬ馬の本当の年令を推定した。
それで人間の話に戻ろう。1980年代後半から日本歯科医師会は8020運動を展開した。これは色々なメディアで皆様御承知のように、「80歳においても20本の歯を残そう、そうすれば生活の質(QOL)は上がる」というキャンペーンを歯科医師会は国民の幸福のために張ったわけである。その当時における8020に相当する日本人は・・・なんと50代であり、その人をそのままなんとか頑張らせて80歳にもってゆくのにも30年かかると。つまり、その当時、今世紀(20世紀)中には無理であると。早くて、理論上2020年頃。まあ実際は21世紀もだいぶ経ってからだろう。というのが昨世紀末の頃の仲間内の話であった。しかしその後、かなり状況は良くなり、最近の05年のデータによると20%近くの人の達成率があるらしい。
歯を失ったら、それがそのまま寿命の終焉につながるのが動物の世界。幸運なことに人類は「医学」を手にいれた。肉体は、ある意味人生は、リセットすることも可能になったのだ。今すぐ歯科診療所の門を叩くことも、アンチエイジングの積極的ないきかたかもしれない。